人生を変えたいあなたへ:)

30歳 娘、

73歳 父と地球一周の旅に出る。

30歳と言えば働き盛りで、自分自身も新人時代は会社でバリバリのキャリアウーマンになると思っていた。

けれど、気づけば全く違う方向へ。 大学卒業してからの8年間の会社員生活に区切りをつけ、父と3か月半、船で地球一周の旅に出たきっかけ、

それは『母の死』

2年前に大好きだった母が癌で亡くなり、私も父も辛い思いをした。

お母さんと過ごせた最後の1か月間は、前職で介護休暇を取らせてもらって、緩和ケアで最後の一息まで見届けることができた。 ありきたりに聞こえるかもしれないけど、母の死を通して、『人って本当に死んじゃうんだ』『人生って本当に一度きりなんだ』というのを痛いほど感じた。

やりたいことをやりたいと思った時に行動しないと、あっと言う間に時間だけが過ぎて行って、せっかく与えられた人生も『あの時ああすれば良かったな~』と後悔だらけで終わってしまいそうだという恐怖感にすら襲われた。

そして何よりも父の落ち込み方が半端ではなかった。

私は東京で家を買い、働いていて仕事が忙しかった分、気が紛れることもあったけど、父は横浜でたった一人残されて、仕事も退職していたので、とっても寂しかったと思う。頭の片隅では寂しいだろうなと思いつつも、仕事を言い訳に、そこまで会いに行けなかったなー今思えば。たまに週末に戻っても、会話がそこまで続かないっていうのもあったかも。皆さんお父さんと会話してます?(笑)何で盛り上がるのか知りたいくらい、正直実家に戻っても楽しくないな~、ぱっとしないな~、友達と遊ぶ方が楽しいな~っていうのが実際の心境だったな。ごめん、お父さん!

前職は大好きであった。

英語教育に携わるお仕事で、「仕事の内容良し、同僚良し、お給料良し」と三拍子揃っている稀なお仕事だったのではないかと今でも思う。当時から海外旅行が好きで、休みも取り安い部署だったので、1週間から2週間お休みを取っては年に3回ほどはあっちこっちに旅していた。長い時には2か月有給を取得して、「内閣府青年の船事業」にも参加させてもらっていたことを考えると、本当に良い職場であった(笑)

それ故に「仕事を辞める」という決断が中々できなかった。

海外を飛び回りたいという気持ちとは裏腹、オフィスでパソコンの前に座って画面とにらめっこする日々が続いていた。海外で暮らしたい、世界一周してみたい、そういった気持ちとは真逆な行動を取っていたのは、やっぱり安定した収入を失うのが怖いと思ったから。こんなに素敵な職場を辞めたら、もうこれ以上良いところは見つからないって沢山の友人に言われたし、自分でもそう感じていたから。

そんな中、タイミングを見計らったかのように、人事異動が発令される。

部署が変わると会社が変わったみたいに環境がガラリと変わり、「あれ、私やっぱり歯車の一員だったのかな」と気づき始める。今までが恵まれすぎていたせいもあるけれど、部署が変わって眠れなくなった日も続いたり、周りの人に「まだ生きてるか―?!」と心配されるようになり始めたり、1人で元々3人が担当していたお仕事を引き継いだので、風邪を引けないプレッシャーもあり、「働き方」に対して違和感を覚えるようにもなり始めた。そこでようやく客観的に自分の今の姿を見つめてみたら、なんのために生きているのか分からなくなっていた。

完全なる人生での迷子です。はい。

そんな時に自分に何回も問いただしたのが、『人生において自分は本当に何がしたいのか』だった。母の死を通じて、人生には終わりがあることを学び、父の寂しい背中を見ては、父と一緒に時間を過ごせていない自分を責め、お金のために働いている自分の姿を見て、押し殺していた感情が溢れかえった。

安定した職に就くという概念に囚われず、自分らしいキャリアを作り上げたい。

父と一緒に時間を過ごしたい。

世界中の国を旅したい。

自分らしいキャリアを考えた時に、9時半~17時半といった枠や会社の肩書、決まったオフィスで働くのではなく、個人として認められ、世界を旅しながら働きたいと思った。そんな時に、「内閣府青年の船事業」に参加したことをきっかけに知り合った先輩に、「ピースボートに通訳ボランティアで乗れると、無料で地球一周できるよ」と言われたことを思い出した。

タダで!無料で!

そして通訳を通して英語のスキルも磨けて、何より世界一周ができちゃう!

さらに通訳ポジションに合格したら、お父さんも連れて親子で地球一周できる!!

自分の人生を変えたいと思った時に、上の考え以上に刺さるものが当時の私には無かった。むしろ、私が抱えていた感情の全てを受け止めてくれるのが、ピースボートの通訳ボランティアという存在であった。

そこからの私は、父に何も告げることなく、通訳ボランティアのポジションに応募をし、ただただ一人で『父と世界一周』プランが妄想として膨らんでいったのだ。

果たして私は通訳ボランティアとして合格できたのか、次の記事で紹介したい。なぜなら、この行動が私の人生を大きく変えた第一歩であったから。

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